プログラマ独女の貯金生活

プログラマをしているアラサー独女。家計簿をつけながら貯金に勤しみます。

軍艦島(端島)の写真をみて、故郷を思う

7月に長崎に行ってきました

ちょっと台風がきていて、軍艦島上陸は難しいと思ったんですが

奇跡的に小雨&波が穏やかで上陸できました

長崎に何社がツアー会社があって、個人での上陸はできないみたいでした

あと酔っ払いなんかは上陸NGと結構ルールがしっかりしていました

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明かりが消えない軍艦島のノスタルジィ

小さな島ですが比較的お給料もよく、娯楽も沢山あったそうで

パチンコホールは例外的に24時間営業

劇場・映画館・スナック・遊郭もあって

海に浮かぶこの島は常に光に溢れていたそうです

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写真に写っている白い灯台は、無人島になってから造られたもの

ずっと明るい軍艦島には灯台が必要なかったんですね

鉄筋コンクリートのマンションは軍艦島が日本で初めて

人口密度が日本一だったことでも有名ですが、植物が育たなかったそうです

なんども種をまいたり、苗を植えたりしたものの難しく

結局、マンションの屋上に土をいれ、緑を植えたそうです

無人島になって数十年、鳥が運んできたのか人がいなくなって緑に溢れている

そう言ったツアー会社のおじさんは”皮肉なものですね”と複雑な表情をしていた

後々、その人が元軍艦島の住人だと知った

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一度は忘れ去られた島にみた”夢の跡”

生活に不自由はなかったけれども、炭鉱での採掘は過酷で

事故はもちろんのこと、栄養不良や過労、病気で命を落とす人も多かった

これは炭鉱の採掘へ向かう階段で”いのちの階段”と呼ばれている建物

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老朽化がかなり進んでいて、補強されてますが10年後には崩れてるかもしれません

炭鉱夫さんは階段をのぼり、エレベーターに乗って秒速8mで地下の坑道へ向かいます

降りるというより落ちるという言葉のほうがしっくりくる速度、早すぎて失神する人がいたとか

メタンガスの爆発、粉塵による病気などで帰ってこれない人もいて

それでも夢を抱えて島へ働きにくる人があとを絶たなかったという

昔の日本の近代化には石炭が絶対に必要だった

それが石油にとってかわることとなり、昭和49年に閉山

廃墟となったこの島が、今でも沢山の人を引き付けるのは

当時の夢の跡が廃墟という形で残っているからかもしれません

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故郷は石炭の街だった

わたしが育った小さな村は、長崎から1500キロ以上離れた北海道にあって

ここもまた、石炭がよく採れて炭鉱夫が沢山住んでいた

物心がついたころにはとっくに閉山されていたけれども

栄えていた跡は残っていたし、年配の人には元炭鉱夫って人が沢山いた

長崎とは違って”わけあり”の人が多かったので、あまり良い印象はもっていない

中には日本が急成長していた頃を思い出し、まだ夢から覚めてない人もいる

私は東京にでてきて、なんとか暮らしているんだけど

故郷のことは好きな部分もあるけど、嫌いな部分もあって

思い出すと少し、複雑な気持ちになる

来年の夏は故郷の写真を撮ろうと思う

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今週のお題はてなブログ フォトコンテスト 2017夏